蒸気機関車 形式 C55 (C5557)





C54の改良形で、蒸気溜めと砂箱ドームの2つを1つのドームにまとめた形である。ランニングボードも直線になり、位置も高くなった。従来の製造はリベット工作であったが、C55からは全面的に溶接が採用された。
C55の製造途中で、さらに改良されたC57の出現では62両しか製造されていない。
そのうち第2次と呼ばれる20号機から40号機は、1936年に当時世界的に流行した流線型として製造されたが保守に不便で、しかも運転効率もよくないので1950年に標準形に改良された。
製造両数は62両、1935年から1937年にかけて、川崎、汽車、三菱で製造。


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