蒸気機関車 形式 C51 (C51225)





1919年から1929年まで製造された、国鉄最初の急行用パシフィック形で、始めは18900と呼ばれていた。速度、牽引力を飛躍的に向上させ、直径1750mmの動輪は狭軌規格としては最大級の大きさで、C62に至るまでC形の標準サイズとなった。スタイルも太い化粧煙突、スポーク動輪を採用し、大正型とも呼ばれるスタイルであった。初期のC51は自動連結器やヘッドライトは装着されていない。製造両数は289両、1919年から1928年にかけて、国鉄浜松工場、汽車、三菱で製造。


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