国鉄時代・蒸気機関車最後の日
1976年3月2日、追分機関区

1976年3月2日。とうとうこの日が来てしまいました。
1975年の12月、C57135号機の牽く旅客列車のお別れ、夕張線でのD51貨物のお別れ列車が運行されましたが、あまりにも悲しく信じられなかったので、行きませんでした。半分は別れが怖かったのでしょう。
しかし、最後の最後まで働き続け、青春を楽しませてくれた蒸気機関車にお礼を言うために、通い慣れた追分機関区に2月29日、北海道に向かいました。
3月1日、朝からずっと9600の姿を、いつもの場所から眺めていました。大正生まれの老兵は、力強くブラスト音を響かせ貨車の入れ替えを行っていました。写真を撮るでもなく、8ミリを回すわけでもなく、時折、小雪が舞い散る中、ただただじっと一日中眺めていました。
3月2日、午後3時頃、79602と39679はそれぞれ向かい合わせになり、セレモニーの始まりです。鉄道友の会から区長とそれぞれの運転手、運転助手、そして機関車に感謝状が送られました。セレモニーの後、いつもの通り仕業についていきました。
彼らの最後の写真そして録音、8ミリでの撮影。それが今日で終わることが信じられませんでした。
日が暮れかかった操車場の隅にポツンといた9600。追分駅から千歳に向かうDD51が牽く客車から見えた9600の姿は、なぜか寂しそうに見えたのは私の錯覚だったのでしょうか。
暫く涙が止まりませんでした。最愛の恋人と別れる感じでした。
雨の日も風の日も、吹雪の中も力強い汽笛を雄叫びとし、ブラスト音を響かせ、大地を揺るがし、淡々としかも力強く走り続けた君の姿を決して忘れない。
青春の思い出がしっかりと刻み込まれた、君の姿を決して忘れない。 ありがとう蒸気機関車!

現役最後の蒸気機関車9600の姿です。写真をクリックしますと拡大されます。